の仏像はガンダーラやマトゥラの仏教彫刻の影響を受け、鼻筋が高く通り、僧衣を通肩にまとった荘厳な姿の仏像が多くつくられました。北朝の北魏(386〜534)ではから細く痩せた容貌に変化し、衣服も褒衣博帯の中国式となって裳裾が両側に広がった北魏様式が完成します。
北魏 神亀元年(518年) 銅造鍍金 像高24.6cm
、南朝の仏像は、北朝の仏像と異なり、穏やかな面相をもち、安静な境地に入り内省する姿が好まれました。像に施された造像銘には、人々の仏・菩薩に対する救いへの切実な祈りが記されています。
梁 中大同元年(546年) 石造 漆箔 像高34.2cm
の後に興った北斉(550〜577)・北周(557〜588)では、前代の伝統を引き継ぎつつ大きな変革がおこりました。腹部が引き締まり、着衣が薄く体にぴったりした仏・菩薩像がつくられ、宗教的な崇高さに加えて造形的な美しさが追求されました。
北斉 天保4年(553年) 石造 像高52cm
時代(581〜617)は北斉様式を継承しますが、新たに隋特有の装飾性豊かで量感あふれる像がつくられました。そして唐時代(618〜907)になると、仏像としての超越性よりも、肉体の写実を重視し、人間に近い美を表現することが理想となりました。造像は8世紀前半の盛唐像を頂点として以後、禅宗の流行などとともに次第に衰退していきます。
隋 6〜7世紀 石造 像高148cm
唐 8世紀 銅造鍍金 像高19.6cm