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NHK大河ドラマ特別展 天璋院篤姫展 展示資料関連行事特別割引
プロローグ 篤姫のふるさと薩摩
第一章 御台所への道のり
第二章 婚礼〜将軍家定と敬子〜
第三章 江戸城大奥
第四章 幕府瓦解〜徳川家存続への思い〜
エピローグ 明治の天璋院

第三章 江戸城大奥

 婚礼からわずか一年半、家定いえさだは死去し、敬子すみこ落飾らくしょくして天璋院てんしょういんと号した。御台所みだいどころとしての生活に幕を下ろした天璋院であったが、安息の日は訪れない。若き将軍家茂いえもちの養母として、また大奥の総取締りとして、引き続き重責を担うこととなる。
 文久2年(1862)、家茂の正室として皇女和宮かずのみや入輿にゅうよした。冷え切った朝幕ちょうばく関係を修復しようとする、いわゆる公武合体こうぶがったいのための降嫁こうかであった。この時天璋院28歳、家茂・和宮は17歳であった。天璋院は若き二人の後見人的立場であったが、当初和宮との関係は微妙なものであった。朝廷の威光を示さなければならない和宮の立場や、京・江戸の御風違いに起因するお付き女中同士の反目はんもく等が、二人が歩み寄ることの障壁しょうへきとなったのである。
 しかし、聡明な両者は徳川家の置かれた危機的状況も手伝ってか、時を重ねるごとに歩み寄り、激動期の江戸城大奥で三千人とも言われる女性たちを束ねた。
 本章では、天璋院の装束・手回り品を中心に和宮所用の品も展示する。雅な品々を通して、大奥での日常や二人の姿に想いをせていただきたい。

天璋院画像 川村清雄筆

天璋院画像 川村清雄筆
てんしょういんがぞう かわむらきよおひつ

一面
明治17年(1884)
板絵油彩 縦53.5 横37.5cm
東京・コ川記念財団

 徳川家に依頼されて歴代将軍の画像制作を手がけた旧幕臣川村清雄(1852〜1934)が、晩年の天璋院を正面から捉えた肖像画。将軍御台所の風格をそなえ欣然と坐すその姿を見事に描写している。天璋院逝去の翌年に完成した。(展示期間:4/19-5/12)

天璋院所用 小袖(萌黄縮緬地雪持竹雀文様牡丹紋付)
てんしょういんしょよう こそで(もえぎちりめんじゆきもちたけすずめもんようぼたんもんつき)

天璋院所用 小袖(萌黄縮緬地雪持竹雀文様牡丹紋付)

一領
江戸時代 19世紀
丈175.0 裄61.0cm
東京・コ川記念財団

 蝶と藤襷ふじだすき を織りだした萌黄の紋縮緬地の腰から下に、雪が積もった竹林と飛び交う雀を刺繍した小袖。竹林の黒糸と雪の白糸の色の組み合わせが、明快な印象を与える。天璋院の人柄を偲ばせるような、凛々しくもすっきりとした意匠である。近衛家の牡丹紋を後身頃に三ヶ所、前身頃に二ヶ所、金糸駒繍で表している。
(展示期間:4/19-5/1)

和宮所用 十種香道具(黒塗桜花唐草蒔絵)

和宮所用 十種香道具(黒塗桜花唐草蒔絵)
かずのみやしょよう じしゅこうどうぐ(くろぬりおうかからくさまきえ)

一具
江戸時代末期 19世紀
高19.6 縦22.2 横17.8cm
東京都江戸東京博物館 (88206045,8829040~60)

 香を組み合わせてたき、それを聞きわけて当否を競う「香合せ」の道具一式を収めた箱。香道具は近世初期に婚礼調度に組み込まれた。本道具は葉菊紋や葵紋が施されていないが、ほかの和宮調度と伝来を同じくしている。
(展示期間:4/19-5/12)
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