展示・イベント


特別公開「新発見!道頓堀を描いた最古級の絵図」
※このイベントは終了いたしました。
(H20.5.20更新)

 大阪歴史博物館では、道頓堀川を描いた図としては最古級の絵図とその関係史料を、平成20年5月21日(水)から7月7日(月)まで開催する特集展示「安井家文書の世界−近世都市大坂の建設をになった人びと」において、別コーナーを設けて特別に公開します。

 道頓堀川は慶長17年(1612)に着工し、大坂夏の陣後の元和元年(1615)に完成しました。当初、「南堀河」と呼ばれていましたが、開削の功労者である 成安道頓なりやすどうとんの名を残すために松平忠明まつだいらただあきらにより「道頓堀」と名づけられたといわれています。今回確認された絵図は遅くとも寛永6年(1629)までの成立という大坂の絵図全体のなかでも古く、明確に「道頓堀」と書き記した絵図としては初見といえるものです。

 この絵図は、もともと福岡藩の大名だいみょう黒田家くろだけ に伝わった徳川期大坂城の築造工事関連史料14点のひとつで、現在は福岡県の春日市奴国かすがしなこくおか歴史資料館に所蔵される佐藤恭敏さとうやすとし家文書のなかに含まれていることが大阪歴史博物館の調査で判明しました。黒田家は元和6年(1620)から三期にわたっておこなわれた徳川大坂城の普請で諸大名をまとめる重要な役割を果たしました。自身も大坂城の石垣に使用する石を船で大坂へ運び込みましたが、その際、大坂町人から土地を借り、石の一時保管場所( 石上場いしあげば )を設ける必要がありました。その場所が道頓堀川沿岸や東横堀川沿岸であったために、道頓堀川や大坂市中の図が残されることになりました。

 このほかにも、従来寛永5年から始まったとされていた大坂城二の丸南外堀の石垣工事がすでに寛永2年から準備されていたことを示す計画図も含まれていました。これは徳川大坂城の建設経過に再検討を迫る重大な発見といえます。このように佐藤恭敏家文書には江戸時代初期の大坂の開発・建設と町人のかかわりに関する貴重な史料が多く含まれています。今回は道頓堀川の図のほか、石上場の借地料を大坂町人が黒田家に請求した文言を記した東横堀川の石上場図、寛永2年段階における大坂城二の丸南外堀の石垣工事計画図など10点を特別に公開します。


特別公開「新発見!道頓堀を描いた最古級の絵図」

会期

平成20年5月21日(水)から平成20年7月7日(月)まで
※特集展示「安井家文書の世界−近世都市大坂の建設をになった人びと」のなかに別コーナーを設けて展示します。

主催 大阪歴史博物館
会場 大阪歴史博物館 8階 特集展示室(常設展示場内) 交通のご案内
開館時間 午前9時30分から午後5時まで
ただし、金曜日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日 毎週火曜日
観覧料 大人:600(540)円 高大生:400(360)円
※( )内は20名以上の団体割引料金。中学生以下、市内在住の65歳以上、障害者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料
展示資料数 10点

主な展示資料

道頓堀周辺石上場図

道頓堀周辺石上場図

寛永初期 福岡県 春日市奴国の丘歴史資料館蔵

 本図は道頓堀周辺に置かれた石上場の図である。道頓堀が開削されたあと、その両側の地は開発者の安井家やすいけ平野家ひらのけの所有と認められていたが、西横堀川以西は町の開発が遅れていた。そのためこの当時はここが空き地であり、石上場として利用されることになったのであろう。本図は現在のところ「道頓堀」「日本橋」の名が確認できる初見の図。

東横堀・長堀周辺石上場図

東横堀・長堀周辺石上場図

寛永2年(1625) 福岡県 春日市奴国の丘歴史資料館蔵

 近世初期の大坂の有力町人の一人である敷屋茂左衛門しきやもざえもんが石や諸資材の置き場として貸した地代を請求する旨を絵図に記したもの。6人の署名があるので、敷屋は6人の地主を代表し、借地人の黒田家に請求したと推測される。場所は東横堀川から長堀川が分岐する付近と思われ、東横堀川の東側に位置しており、大坂城へ物資を運び入れるのに便利であった。

大坂御二丸南輪絵図控

大坂御二丸南輪絵図控

寛永2年(1625) 福岡県 春日市奴国の丘歴史資料館蔵

 大坂城二の丸南外堀石垣を普請する大名の名と組編成・担当場所を示した丁場割図ちょうばわりず。本図は寛永2年のもので、実際には寛永5年開始の同工事が早くに計画されていたことがわかる点で貴重である。石垣のラインの形状は完成時と違っており、参加大名にも異同がある。大坂城建設の経過に再検討を迫る重要史料。