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大阪の節分行事

(2024.1.27更新)

2024年1月24日(水)~2024年2月26日(月)(予定)

大阪では戦前のころまで、節分の夜を「年越し」と呼んでいました。そもそも、旧暦(太陰たいいん太陽暦たいようれき)では、節分が正月に前後に来ます。このため、正月と節分は密接に結びつきました。現在、正月に「新春」「迎春」という文字を見かけるのは、正月が春のはじまりであった名残です。また、節分行事として広く伝わる豆まき(豆打ち)の源流であるはらいの儀・追儺ついなは、もとは大晦日おおみそかに行われていました。
 大阪では、豆まき、柊鰯ひいらぎいわし、年越し蕎麦、恵方参りなどさまざまな節分行事がみられました。なかには、節分の夜に異装する「お化け」や、四つ辻にふんどしを落として厄を払う「褌落とし」など、現在ではあまり見かけない習俗もありました。
 今回は、節分の夜に枕の下に敷いて寝るとよい初夢を見ると信じられた「宝船」や、現在すっかり節分の習俗として定着した「恵方巻」に関する資料などを展示します。

(俵)

宝船 七福神
大正時代~昭和時代 本館蔵
>宝船 七福神
宝船を用いたまじないは、室町時代にはすでに一般の間で行われたようで、江戸時代になり拡大していきました。宝船への信仰には、海の彼方にある異界から富をもたらす神が来訪するという観念が透けてみえますが、本図の七福神もこれを示しています。この宝船は、大阪市浪速区日本橋・寶満寺ほうまんじで頒布されたものです。

宝船 河豚ふぐ
昭和6年(1931) 本館蔵(都鳥澄子氏寄贈)
宝船 河豚(ふぐ)船
宝物が載っているのは、なんと河豚の船。河豚は「福」にも音通おんつうし、縁起のよい魚とされます。船の帆には稲荷神の象徴である宝珠が描かれ、画面右には悪夢を食べる霊獣「ばく」の字もみえます。この宝船は、昭和6年の「浪華宝船会」で頒布されたものです。この会は昭和4年(1929)にはじまったもので、節分の当日に会員自ら描いた宝船が大阪市内の頒布所に置かれ、これらを巡って集めるというイベントでした。


幸運巻寿司チラシ
昭和15年(1940) 本館蔵(柴垣コレクション)
幸運巻寿司チラシ
節分に恵方を向いて巻寿司を食べるという風習があります。本資料は、この風習が確認できる古いもののひとつです(このほか、昭和7年の資料も存在しています)。このチラシは、大阪鮓商組合後援会が印刷し、大阪市東区(現:中央区)の寿司店・美登利みどりが客に配ったものです。都市民俗の発生を考えるうえで興味深い資料であり、節分の日に商機を見出す人びとのたくましさも感じられます。

(俵)

フロア / 7階 コーナー /都市の民間信仰/引札と広告
7階フロアマップ