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没後50年・日本民藝館開館75周年 柳 宗悦展-暮らしへの眼差し-
(H25.9.26更新)

主な展示資料

染付秋草文面取壺そめつけあきくさもんめんとりつぼ

染付秋草文面取壺

朝鮮半島 18世紀前半
12.8×11.8cm 日本民藝館蔵

元来の形は葫蘆瓶(ホロビョン)と呼ばれる瓢型瓶であり、本品はその下半部にあたる。柳宗悦は染付面取壺として、その美しさを評価した。温かみのある白磁釉に呉須で草花を描く。1914年(大正3)9月、浅川伯教あさかわのりたかが、ロダンの彫刻を見るために千葉県我孫子にあった柳邸を訪問する際に手土産として贈ったもの。柳宗悦はこの壺によって朝鮮工芸への関心が芽生え、やがて独自の民芸の世界を創出することになった。民芸運動の原点となった染付壺である。


竹梅鶴文様紅型衣裳ちくばいかくもんようびんがたいしょう

竹梅鶴文様紅型衣裳

首里 19世紀
丈138.3cm 日本民藝館蔵

苧麻で織った上質な上布に竹梅と鶴・鳥を色鮮やかに染める。琉球の海を思わせるような青色地で広袖の涼しげな衣裳である。

「南国のこととて四季花が絶えることはありませんし、緑は濃く海は青く地は白いのでありますから、その自然に似合う着物の色や柄も自から大変に美しく作られました。中でも染物は目が醒めるほど華かであります。土地ではこれを『びんがた』と呼びます。色差しの模様染との意であります。着物の類はいずれも型紙を用いて染めます。型紙には様々な模様が切りぬかれ、花だとか鳥だとか貝だとか、時には家や舟なども画題に入りました。柄のよいこと、色の美しいことで、かの有名な友禅染にも比ぶべきものであります。おそらく女の着物としては世界で最も美しい例の一つに挙げられるでありましょう。」(柳宗悦『手仕事の日本』岩波文庫)


ガレナ釉筒描山羊文皿がれなゆうつつがきやぎもんさら

ガレナ釉筒描山羊文皿

バーナード・リーチ 1952年
11.0×44.0cm 日本民藝館蔵

鮮やかに発色した黄色の釉薬は、鉛の硫化物を配合したガレナ釉とよばれるもの。黒褐色の鉄釉で山羊を描く。

バーナード・リーチは1887年(明治20)香港で生まれ、1909年(明治42)再来日。エッチング作家であり、自己の主催したエッチングの実演会・講演会に柳宗悦が参加したのが二人の出会いであった。イギリス留学を終え帰国してきた富本憲吉の影響もあり陶芸を学ぶ。1920年(大正9年)に濱田庄司を伴い英国に戻った後、実用品としてのスリップウェアの美しさを見出す。コーンウォール半島セント・アイヴスに窯を築き、リーチ・ポッタリーを始めた。


鉄釉双耳仏花器てつゆうそうじぶっかき

鉄釉双耳仏花器

苗代川なえしろがわ 18世紀
16.5×12.3cm 日本民藝館蔵

苗代川は薩摩の窯。朝鮮半島の陶工が始祖である。この窯では、上手の白物しろもんに対して、黒物くろもんと呼ばれる生活雑器が焼かれた。

柳宗悦は1934年(昭和9)鹿児島の苗代川窯を訪ねた折に、「くろもん」と別称されてきたこれらの黒釉陶器の素朴な美に着目した。

この仏花器は苗代川の陶工の仏壇で用いられたものとして日本民藝館に伝えられている。


芯切鋏しんきりばさみ

芯切鋏

京都府 20世紀前半
30.5×9.4cm 日本民藝館蔵

和蝋燭の芯を切るための鋏。切った芯がそのまま四弁花形の皿部分に残るように工夫されている。大型であり寺院で使用されたもの。京都は各宗派の本山が多く、仏具の数や種類が多く、柳宗悦はそれらの中から優れた作品を見出している。柳宗悦は本品を「形が大変美しい」と評した後、「こういう品は今の暮しからは段々遠のいてゆくが、併しこういう心の入った仕事、姿の美しさばかりは、今の品々にも活かさねばならない」(『柳宗悦選集』第7巻)と述べている。


木喰仏地蔵菩薩像もくじきぶつじぞうぼさつぞう

木喰仏地蔵菩薩像

1801年
70.0×22.0cm 日本民藝館蔵

柳宗悦が1924年(大正13)に甲府市郊外の旧池田村の小宮山清三宅で初めて出会った木喰仏。

木喰五行明満(1718年・享保3 - 1810年・文化7)は、甲斐国に生まれた江戸時代の僧であり、全国を遍歴して修業した。修行で訪れた先で一木造の仏像を刻んで奉納した。微笑をたたえた相の木彫仏が多く、「微笑仏」と称される。本木彫仏は木喰上人84歳の時の作品である。


バタフライスツール

バタフライスツール

日本 1956年
40.8×42.0cm 柳工業デザイン研究会蔵

柳宗理の考案した木製の椅子。2枚の成形合板を、座面の下のふたつのボルトで固定し、脚部が開かないよう1本の真鍮棒で繋げたシンプルな構造。合板は1mm位の単板を接着剤で数枚合わせ、高周波でプレスして成型したものを使用している。初期のものは畳の上での使用を想定し、畳に接する所を平らに切り取って、左右二筋の線で畳に接するように工夫されていた。

1957年(昭和32)、イタリアのミラノ・トリエンナーレに出品して金賞を受賞した。


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